ごあいさつ

 絵画蒐集を始めて30数年、特に埋もれてしまった作家、忘れられてしまった作家について蒐集研鑚してまいりました。
 なんと素晴らしい作家、作品が多いことでしょうか。驚きとともに感動を覚えます。
 大家に劣らない精神・技量の高い作家の作品が世に公開されないことは勿体ないことです。
ぜひ多くの方のお目にとめていただき何かを感じていただければ幸甚です。

心の手帖・わたくし美術館   


# by art-tomnog2014 | 2016-10-19 10:58 | ごあいさつ

作家・作品リスト

作家名50音順(作家名のアドレスクリックで詳細記事へ)
*このリストの次頁以降に順不同で作品をアップしています。

(あ)
秋保正三(あきほ・しょうぞう)
1「西伊豆富士」 油彩画   http://arttomnog.exblog.jp/22765918/

(い)

悳 俊彦(いさお・としひこ)  http://arttomnog.exblog.jp/22765902
1「武蔵野残照」 油彩画
2「武蔵関の池」 油彩画
3「欅」 油彩画
4「武蔵野」F4 油彩画
5「武蔵野暮色」 油彩画
6「欅と太陽」 油彩画
7「月と残菊」 油彩画
8「残雪の武蔵野」 油彩画
9「暮れる武蔵野」M10 油彩画
10「みぞれの池畔」 油彩画
11「暮れる武蔵野」F20 油彩画
12「武蔵野」 石版画
 
13「秋の静物」 油彩画
14「雪の農家」 水彩画
15「八ヶ岳遠望」 油彩画  http://arttomnog.exblog.jp/24243094/
16「道祖神」 油彩画
17「雪の武蔵野」 水彩画
18「パンジー」 油彩画
19「暮れる武蔵野」F20 油彩画
20「冬野」 水彩画
21「風景の中の静物」 油彩画
22「午後の木立」 水彩画
23「空と欅」 油彩画
24「暮れる武蔵野」F8 油彩画
25「深秋武蔵野」 油彩画
26「武蔵野」F10 油彩画
27「欅との農家」 油彩画

稲越泉美(いなこし・いずみ) http://arttomnog.exblog.jp/24280839/
1「氣(八千穂高原)」 日本画
2「夫婦鶴」 日本画

井上 武(いのうえ・たけし) http://arttomnog.exblog.jp/24116478/
1「裸婦」 油彩画

(う)

上野山清貢(うえのやま・きよつぐ) http://arttomnog.exblog.jp/22765912/
1「魚」 水彩画
2「魚」 水彩画

内田 晃(うちだ・あきら)   http://arttomnog.exblog.jp/22765904/
1「ベネチュア風景」 油彩画 
2「ばら」 油彩画
3「武蔵野晩秋」 油彩画
4「ポピー」 油彩画

内田静馬(うちだ・しずま)  http://arttomnog.exblog.jp/23940323/
1「花」 木版画
2「運河添いの街」 木版画
3「広告塔のある風景」 木版画
4「大師堂内陣」 木版画
5「秩父山塊」 木版画

(え)
江成一郎(えなり・いちろう)  http://arttomnog.exblog.jp/23468814/
1「横たわる裸婦」 油彩画

(お)
大橋歩(おおはし・あゆみ)
1「平凡パンチ・大橋歩表紙絵集」 本
2「わたしの時代」 本
3「平凡パンチトランプ」 トランプ

大森朔衞(おおもり・さくえ)   http://arttomnog.exblog.jp/22765907/
1「市邑」(しゆう) 油彩画
2「臥 裸婦」 油彩画

岡本省吾(おかもと・しょうご)   http://arttomnog.exblog.jp/22765906/
1「午後の林」 銅版画 
2「雪の斜面」 銅版画 
3「防風林」 銅版画 
4「雪晴れ」 銅版画   
5「茂み」 銅版画     
6「黄色い枯草」 銅版画 
7「四季 春 さくら」 銅版画 
8「冬の丘 Ⅰ」 銅版画 
9「葉だまり」銅版画
10「雲と木Ⅰ」銅版画
11「冬の林」 銅版画
12「山路」 銅版画
13「春雪」 銅版画
14「冬の丘Ⅱ」 銅版画
15「田園風景」 銅版画
16「柿」 水彩画
17「紅葉」 銅版画

(か)
笠松紫浪(かさまつ・しろう)
1「白い猫」 木版画
2「わかい犬」 木版画

川上尉平(かわかみ・じょうへい)
1「城ヶ島」 油彩画
2「阿蘇外輪山」 油彩画

(こ)
高野三三男(こうの・みさお)  http://arttomnog.exblog.jp/22765914/
1「頭巾の女」 油彩画
2「裸婦」 鉛筆・コンテ
3「花」 石版画
4「ダンスホール」 挿絵
5「女と二人の男」 挿絵

國領經郎(こくりょう・つねろう)   http://arttomnog.exblog.jp/22765908
1「O夫人像」 油彩画
2「婦人像」 鉛筆

小村雪岱(こむら・せったい)   http://arttomnog.exblog.jp/22765915/
1「お傳地獄」 木版画
 
(さ)
斉藤正治(さいとう・まさはる)
1「ジャンティの街」 油彩画
2「パリの街角」 水彩画

(す)
須田 寿(すだ・ひさし)   http://arttomnog.exblog.jp/22765920/
1「河畔・五ヶ瀬」 油彩画
2「鳩」 リトグラフ
3「ST.-ETIENNE-DU-MONT」 リトグラフ

鈴木 誠(すずき・まこと)   http://arttomnog.exblog.jp/22765923/
1「婦人像」 鉛筆

(せ)
関野準一郎(せきの・じゅんいちろう)
1「シャム猫」 木版画
2「ハイエナのエナ公」 木版画ほか

(た)
高岡徳太郎(たかおか・とくたろう)
1「伊豆の富士」 油彩画   http://arttomnog.exblog.jp/22765918/

滝川太郎(たきがわ・たろう) http://arttomnog.exblog.jp/24107448/
1「春花」 油彩画
2「バラ」 油彩画
3「フロレンス郊外風景」 木版画
4「春の海」 油彩画
5「ヴェニス」 水彩画
6「ローマ近郊」 水彩画

武内桂舟(たけうち・けいしゅう) http://arttomnog.exblog.jp/24087876/
1「落花録」 口絵・木版画
2「椀久物語」口絵・木版画
3「ちち」  口絵・木版画
4「麻だすき」口絵・木版画
5「ひな」  口絵・木版画
6「しぐれ」 口絵・木版画
7「相思」  口絵・木版画
8「虎御前」 口絵・木版画
9「摩利支天」口絵・木版画
10「おち葉」 口絵・木版画
11「秋どなり」口絵・木版画

(つ)

鶴田吾郎(つるた・ごろう)   http://arttomnog.exblog.jp/22765921/
1「波切」 水彩画
2「吹浦」 リトグラフ  
3「薪を背負う女たち」 油彩画
4「練習中のオーケストラ」 水彩画
5「鷹の巣」 コンテ

(ど)
土橋醇一(どばし・じゅんいち) http://arttomnog.exblog.jp/26019962/
1「樹」 油彩・コラージュ
2「涼風」 油彩画
3「ポピー」 油彩画

(な)
中島勝彦(なかじま・かつひこ) http://arttomnog.exblog.jp/25341684/
1「ローザンヌの教会」 ミクストメディア
2「アオツヅラフジ」 銅版画
3「シオン」 銅版画

中村研一(なかむら・けんいち) http://arttomnog.exblog.jp/24606443/
1「風景」 油彩画

(に)
西尾善積(にしお・よしずみ)   http://arttomnog.exblog.jp/22765909/
1「アネモネ」 油彩画

西野久子(にしの・ひさこ)   http://arttomnog.exblog.jp/22765910/
1「富士」 油彩画
2「花」 油彩画
3「アフリカの少女」 リトグラフ

(の)

野村光司(のむら・こうじ)
1「早春の西伊豆」 油彩画   http://arttomnog.exblog.jp/22765918/

野村正三郎(のむら・しょうざぶろう) http://arttomnog.exblog.jp/22765903/
1「隣の坊や」 カシュー漆画
2「ふたり」 カシュー漆画

(は)
服部 保(はっとり・たもつ) http://arttomnog.exblog.jp/22765918/
1「安良里」 油彩画

(ひ)
廣本季與丸(ひろもと・きよまる)  http://arttomnog.exblog.jp/22765905
1「李」 油彩画
2「花」 油彩画
3「ザクロ」 油彩画
4「裸婦」 油彩画
5「スイトピー」 油彩画
6「カーネーション」 油彩画

(ふ)

古沢岩美(ふるさわ・いわみ)   http://arttomnog.exblog.jp/22765924/
1「母子三代」 銅版画 
2「自画像」 銅版画 
3「私はヴァイオリン」 銅版画
4「古沢岩美美術館月報161冊」
5「仮題:猫」 油彩画
6「花と動物」 37の詩と37の挿絵+銅版画

7「裸婦」 油彩画

8「黒髪」 油彩画
9「想い出」 リトグラフ
10「パリ屋根」 リトグラフ
11「女性像」 油彩画

(へ)

別府貫一郎(べっぷ・かんいちろう) http://arttomnog.exblog.jp/22765917/
1「ナポリ風景」 油彩画
2「テヴェレ河畔(羅馬)」 油彩画

(み)
三上浩(みかみ・ひろし)
1「伊豆の漁村」 油彩画   http://arttomnog.exblog.jp/22765918/

宮坂金太郎(みやさか・きんたろう)   http://arttomnog.exblog.jp/22765922/
1「卓上秋色」 油彩画

宮下登喜雄(みやした・ときお)
1「犬と暮らした十二年」 銅版画
2「ぼくの武蔵野」 銅版画

(も)

森 清治郎(もり・せいじろう)   http://arttomnog.exblog.jp/22765911/
1「サンクールの眺め(セーヌ河)」 油彩画

森田信夫(もりた・のぶお)   http://arttomnog.exblog.jp/22765913/
1「アムール河の初雪」 油彩画
2「人物、風景5点」 水彩画

(や)
山上嘉吉(やまかみ・かきち) http://arttomnog.exblog.jp/22765916/
1「初夏の隅田川」 油彩画

山岸主計(やまぎし・かずえ) http://arttomnog.exblog.jp/23096219/
1「セーヌ河畔にて」 木版画
2「毛剃九右衛門」 木版画
3「松風(海女の図)」 木版画
4「京都にて」 木版画
5「藤沢山・遊行寺」 木版画 

山下充(やました・たかし)   http://arttomnog.exblog.jp/22765919/
1「公園」 ガッシュ・パステル

山崎歳夫(やまざき・としお)
1「忍野富士」 油彩画

(よ)
吉江 審(よしえ・ただす)  http://arttomnog.exblog.jp/23479777/
1「コスモス」 シルクプリント
2「見上げてA」シルクプリント
3「見上げてB」シルクプリント
4「見上げてC」シルクプリント
5「紫陽花」  シルクプリント
(ら)

(わ)
和田三造(わだ・さんぞう) http://arttomnog.exblog.jp/26837767/
1「麦酒妃」 木版画
2「炭練炭売」 木版画
3「乳飲み子」 木版画
4「魚網」 木版画
5「軍鶏」 木版画
6「お手玉遊び」 木版画
7「神官」 木版画
*昭和職業絵尽 全72枚中56枚(別掲)

(作家不詳)
K.UYEHARA
1「風景」 油彩画




# by art-tomnog2014 | 2016-10-19 10:57 | 作家・作品リスト

和田三造

和田三造(1883-1967)

1907年第1回文展最高賞の「南風」を始めとし、近代日本洋画家として顕著な活躍をした。
しかし油彩だけにとどまらず、日本画、版画、色彩研究、染織、舞台美術、漫画、図案など多種多様な分野で足跡を残した。私は主として版画を収集し和田の画業の全体像に注目している。

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「麦酒妃」 木版画  14/100  44.4×34.4cm  彫師:遠藤光局  摺師:伊藤智郎
制作:1973年 版元:京都版画院

この作品は1950年代に制作されて行方不明になっていた原画を三造没後の1973年に友人の川勝堅一が「麦酒妃」と命名し、京都版画院の品川清臣が版画化した。




# by art-tomnog2014 | 2016-10-01 01:00

土橋 醇一

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「樹」 油彩、コラージュ・板  16.5×20.5cm 制作年:推定1960年代

土橋 醇一(どばし・じゅんいち) 1910-1978年

東京生れ、別名:土橋醇、1938年東京美術学校油画科卒、渡仏、アカデミー・ラソンに学ぶ。

1940年帰国、外務省派遣(ベトナム、カンボジア、ラオス)、1946年光風会会員
1952年光風会特選、1953年~1973年渡仏 20年間パリで制作活動
1960年東京国際版画ビエンナーレ展招待出品、1961年日本国際美術展招待出品
1963年パリ国際現代美術展出品、1964年カーネギー国際展出品
パリ、ニューヨーク個展、1965年サロン・ドートンヌ招待出品
1973年帰国

<主な収蔵先>東京国立近代美術館、パリ国立近代美術館、サンフランシスコ美術館
ミネアポリス美術館、ルクサンブルグ国立美術館、エルサレム国立美術館 ほか


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「涼風」 油彩画・キャンバス F6 制作年:1946~52年推定

1953年以降の土橋の抽象画からは想像できない作品である。
初期、光風会所属時は西尾善積、山口猛彦、國領経郎等と切磋琢磨していた頃で
西洋画感性、印象派的模索との闘いであった。
初期時の作品として資料的価値の高い希少作である。











# by art-tomnog2014 | 2016-09-29 11:53

野村正三郎

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「隣の坊や」 カシュー漆画・板 F3号 
制作年:1985年頃

野村正三郎(のむら・しょうざぶろう)1904−1991年

長野県・佐久生れ、1928年東京高等師範学校卒業、中学高校の教員を経て1953年愛媛大学教授、1965年二科会会友推挙、1969年愛媛大学名誉教授、1971年二科会会員推挙、1974年勲三等旭日章受章、1980年銀座・文藝春秋画廊個展、1986年愛媛県立美術館個展、銀座・フタバ画廊個展、1997年フタバ画廊遺作展、2004年佐久市立近代美術館で生誕100年記念遺作展。


油彩と異なる技法に苦労はあったようだが、カシュー漆を絵画に応用しようとした試みは見事に成功する。
カシュー漆の特徴は滑らかでありながら堅牢さを持ち合わせている。
キャンバスに代わる合板とマッチし油彩に勝るとも劣らない重量感をかもしだす。
この技法のパイオニアたる野村はカシュー漆画と名付け精力的に活動を続け後進の育成にも努めた。
何よりも油彩に比べ安価であったことが教育者としての野村の心を揺さぶったのであろう。
後進たちに思う存分、筆をふる機会を与えたかったに違いない。

作品は隣家の少年を描いたもので中間色を多用し愛らしさと優しさを巧みに表現した。
この優しさは多分に野村が育った環境に他ならない。
野村は「四季の変化に伴う色の変化。欅の紅葉の変化。雑草の生長の姿。静かに流れる小川と枯れ草が氷付く冬の土手。黒くくねった桑の幹と冷びやと積もった雪。どんよりと曇った冬の夕刻、遠近の山の色等々は皆微妙で言葉に表しにくい色彩の世界であった。かかる自然の動きは弥が上にも自分の感性を駆り立て絵の世界へと塡め込んだと思われる。」と語っている。

そして主な作品82点が故郷の佐久市立近代美術館に収蔵された。


*カシューとは主原料のカシューナッツ(食用)の実の殻から抽出した成分の合成樹脂塗料である。光沢があり高樹脂分のためふっくらとした肉持ち感がある。漆かぶれはなく色数と種類も豊富である。


(所蔵参考資料)
野村正三郎作品集(1988年)
生誕100年・野村正三郎展(佐久市立近代美術館)

<他の作品>

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「ふたり」 カシュー漆画・板 64.5×22㎝ 
制作年:1986年



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2004年 生誕100年記念「野村正三郎展」のリーフレット



     


# by art-tomnog2014 | 2016-03-12 17:51

中島勝彦


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「ローザンヌの教会」  ミクストメデイア  37×26cm  制作:2011年

実に細密、極薄の紙に版画、その紙が破れているように(虫食いのような煙草の焦げ跡のような)演出し、
ローザンヌ教会のことが実に細かい英字で書かれている。
左上の鴨も極薄の紙に版画だ。
これが台紙に貼られている。
一見すると台紙に版画されたように見えるがそうではないのだ。

薄いブラン系の色が洒落ている。
センスの良い作家だ。
薄暗い部屋でこれを見ながら珈琲を飲んだら最高だろう。
夜はクラシックかジャズを聴きながらウイスキーを。
いいね! 癒されることまちがいない。


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蔵書票 「アオツヅラフジ」  銅版画 13×10cm  制作:2006年


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「シオン」 銅版画  13×16cm  制作:2007年


中島勝彦
埼玉県版画家協会会員、入間市在住


# by art-tomnog2014 | 2016-02-25 22:02

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「白い猫」 木版画 39/100 36×24cm 制作年:1972年
笠松紫浪(1898-1991)


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「シャム猫」 木版画 36×45cm 制作年:1960年
関野準一郎(1914-1988)


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「白い猫」 コロタイプ 46×38cm 制作年:不祥
加山又造(1927-2004)


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「猫」 油彩画 27×45cm 制作年:1972年
古沢岩美(1912-2000)





# by art-tomnog2014 | 2015-12-28 11:37

鶴田吾郎

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「波切(なぎり)」水彩画・紙 32×41㎝
制作年:1953年頃



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鶴田吾郎(つるた・ごろう)1890−1969年

東京生れ、早稲田中学中退後、倉田白羊、中村不折に師事。1906年白馬会研究所、1907年太平洋画会研究所、中村彝、中原悌二郎と交流、1913年から20年にかけて朝鮮、満州を放浪。帰国後東京・下落合の中村彝アトリエ近くに住み、中村との競作「盲目のエロシェンコ」を描き第2回帝展入選。
第二次世界大戦中は陸軍省派遣画家としてサイゴン、シンガポール、パレンバンを廻る。
戦後は日本各地を旅し自然風景と人の営みを描き続けた。

本作は三重・志摩の大王崎にある椿に囲まれた歩道を天秤棒を担いで歩く女性を描いている。画のサインの下に「nagiri」と書かれている。鶴田の同様の作品はこれが題名とされている。
波切は戦前、戦後共に訪れているが本作は1953年に伊勢を旅した際に描かれたものと推察する。


(所蔵参考資料)
キャンバスの詩人/鶴田吾郎展・新宿小田急(1979年)
半世紀の素描・中央公論美術出版(1982年)
素描の旅・木星社書院(1931年)



(他の作品)
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「吹浦(ふくら)」リトグラフ 10/25 27.5×37.5㎝
(原画:素描は 淡彩・紙 制作年:推定1950年代)


吹浦は山形県遊佐町の吹浦と思われる。
鶴田は戦後、1950年代に東北各地を歩きスケッチしている。
1953年に山形方面を歩くという記録があり、このあたりのスケッチと推測する。
この原画は1979年(昭和54)新宿・小田急百貨店で行われた鶴田吾郎展画集の表紙図版でもある。

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「薪を背負う女たち」 油彩・キャンバス F6号 
制作年:不詳


画業65年の大半が写生の旅だったという。
舞台となった北海道から九州までの全国におよぶ地の働く人々が多く描かれた。
鶴田はその地で生活する人々を愛し懸命に生きる息吹を感じたのであろう。

題材は素朴であるが強いヒューマニズムを持ち合わせた作品はいずれも訴えるものがある。


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「練習中のオーケストラ」 淡彩・紙 35×53.5cm 
制作年:1958年

1979年1月4日~1月17日 新宿小田急11Fグランドギャラリーで開催された「キャンバスの詩人・鶴田吾郎展」の出品作である。
(同展図録NO.111に掲載されている。)


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「鷹の巣」 淡彩・紙 27.5×40.8cm  
制作年:1954年(推定)






# by art-tomnog2014 | 2015-11-24 17:01

悳 俊彦

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「武蔵野残照」油彩画・キャンバス F30号 
制作年:1970年代
日本橋画廊シール

悳 俊彦 (いさお・としひこ)1935年生

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東京生れ
透明感のある色彩で失われつつある武蔵野の情景を一貫して描き続けている。
1953年示現会入選、日本水彩画会入選、1958年武蔵野美術学校洋画科卒業、森芳雄、山口薫、麻生三郎らに学ぶ。
1964年国際青年美術家展入選、1970年日本橋画廊個展、以降、轍画廊、あかね画廊、スルガ台画廊などで個展、
1981年テレビ朝日「徹子の部屋」で武蔵野風景紹介、1983年風土会入会、1987年日本テレビ「ぶらりにっぽん」で武蔵野風景紹介、2010年河鍋暁斎記念美術館で個展、京都造型芸術大学附属康耀堂美術館に多数収蔵、
浮世絵研究・解説者としても著名。

「武蔵野が農耕によって作られた自然であることに特別の愛着を感じる。」(悳俊彦)


悳俊彦が武蔵野に思いを込めて描いた稀少画が再び注目をあびている。

手前に畑と荒地、後方に屋敷守といわれる防風林がそびえ一軒の農家がひっそりとうづくまり、葉を落とした欅の大木が扇状の梢を空高く突き出している。

今やこうした武蔵野の面影は西東京と埼玉、千葉などのごくごく一部に残るのみとなってしまった。
現実の武蔵野風景のほとんどは消えてしまったのだ。

悳俊彦の作品から我々は大地に暖められた祖先の愛を感じ自然のありがたさを遅まきながら確認しなければならない。
そして武蔵野原風景を一貫して描き続けた画家が自然の尊さを30数年前から世に警鐘していた事実を知らなければならない。

この1枚の絵がきっかけとなって私の絵画蒐集は
始まった。
武蔵野風景を描く画家は多いが私の心を捉え魅了させる画家は今のところ悳俊彦しかいない。


(所蔵参考資料)
悳俊彦画集(1978年)
風土展パンフ(2006−2012年)


<他の作品>
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「武蔵関の池」油彩画・キャンバス F8号 
制作年:1970年代

日本橋画廊シール

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「欅」 油彩画・キャンバス F2号 
制作年:1970年代

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「武蔵野」 油彩画・キャンバス F4号 
制作年:1970年代


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「武蔵野暮色」 油彩画・キャンバス F8号 
制作年:1970年代


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「欅と太陽

」油彩画・キャンバス F15号 
制作年:1970年代

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「月と残菊」 油彩画・キャンバス F4号 
制作年:1970年代


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「残雪の武蔵野」油彩画・キャンバス SM号 
制作年:1970年代

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「暮れる武蔵野」 油彩画・キャンバス M10号 
制作年:1970年代

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「みぞれの池畔(ちはん)」油彩画・キャンバス F6号 
制作年:1970年代

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「暮れる武蔵野」油彩画・キャンバス F20号 
制作年:1970年代

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「武蔵野」 石版画 P10号 3/10  
制作年:1970年代



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「秋の静物」油彩画・キャンバス F15号 
制作年:1970年代

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「雪の農家」 水彩画 ・紙  36.8×51.8cm
制作年:不詳

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「道祖神」 油彩画・キャンバス  SM号  制作年:不詳


# by art-tomnog2014 | 2015-11-05 11:38

岡本省吾

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「午後の林」 銅版画 19/100 28×35cm
制作年:1977年


岡本省吾(おかもと・しょうご)1920−2001年

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東京生れ、1943年東京美術学校卒業、1968年春陽会出品(以降毎回)、1969年日本版画協会出品・会友推挙、1970年銀座パピエ画郎、京王版画サロンで個展、1973年日本版画協会会員・春陽会会員、「秋の葉」迎賓館買い上げ、1974年カナダトロントとパリ市立近代美術館出品、1983年中国政府より招待・北京中央美術学院にて指導、1986年ロイヤル銀座サロンにて「版生活20年展」、1991年日本美術連盟の依頼により画集「富士1集」制作、1992年銅版蔵書票集限定55部刊行、1995年銅版蔵書票集限定25部刊行、1998年銅版画「樹のある風景」画集刊行、2000年福岡県田川に制作の居を移す、2002年「版画芸術116号」に追悼特集、神田・木の葉画廊で遺作展。

<銅版画「樹のある風景」画集から(1998年)>
風景は変わった。私も変わった。
練馬の豊玉から同じ練馬の南田中に移り住んで30数年になる。最初は石神井川をはさんで駅の近くまで一面の野原であった。裏木戸から見ると川の向こうに緑の丘の連なりがあり、私は裏門のバラの枝を前景に「赤いバラの葉」を描いた。
かなり寒かったので厚手の靴下とゴム長をはいたのを覚えている。思い出の作品である。
川には農業用の水門があり、これも何度か描いた。よいモチーフだったと覚えている。
東京にこんな牧歌的な風景が残されていること自体が不思議だったのである。やがて野原一面は大団地となり、環状8号線の自動車道路がほとんどの林を切り払った。私の最も愛した林の跡は、自動車部品屋になっている。
風景が変わっただけではない。生活も変わった。妻は3年前に先立ち、犬や猫達も失った。
最後の猫は妻亡き後、1ヶ月後に後追いするように世を去った。
一切の生活の音、話し声、笑い声は消え去り、私独りが無音の中に取り残された。
本ができたら供えてやろう。カアチャン本ができたぜ、きれいな本だろう。   静かに幕  (岡本省吾)

岡本の作品は今だ根強い人気がある。上記の岡本の記述のとおり郷愁を呼ぶ武蔵野風景は人々の心に深く印象付けられているのだ。残された多くの作品は武蔵野風景の資料として後世に残されることを望む。
「カアチャン本ができたぜ」 岡本の人柄を知ることができる情の深い言葉だと思う。
ご存命中にお会いしたかった。

(所蔵参考資料)
銅版画「樹のある風景」画集(1998年)
版画芸術116号・追悼岡本省吾(2002年)

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「雪の斜面」 銅版画 67/120 42×32cm 
制作年:1977年

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「防風林」 銅版画 12/100 28×35cm 
制作年:1981年

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「雪晴れ」 銅版画 28/100 26.5×22cm 
制作年:1975年

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茂み」 銅版画 65/80 26×23cm 
制作年:1971年

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「黄色い枯草」 銅版画 37/100 46×34㎝ 
制作年:1974年

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「四季 春 さくら」 銅版画 65/80 22×17㎝ 
制作年:1982年
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「冬の丘 Ⅰ」 銅版画 53/80 33×24㎝ 
制作年:1973年

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「葉だまり」 銅版画 133/150 19.5×15.8㎝ 
制作年:1979年

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「雲と木Ⅰ」 銅版画 6/120 17.3×23.2㎝ 
制作年:1984年
日動画廊シール


# by art-tomnog2014 | 2015-10-19 15:39

武内桂舟

武内桂舟(けいしゅう) 1861〜1943年  画家(口絵・挿絵)

明治28年から大正3年まで博文館・文藝倶楽部の口絵を描いた。
文藝倶楽部の口絵は全部で295枚、うち64枚が武内桂舟の手によるもの。
大正3年に口絵は石版画に移行、その時点で引退した。
木版口絵の絶頂期において武内桂舟はその仕事の質、量ともにおいて第一人者で
あった。
しかも驚くことに特別な師につくことなく独学でこの技量を身につけたという。

口絵とは小説の巻頭につけられ読者に登場人物を知らせるもの。
挿絵は文章の間に挿入されたものをいい彩色されたものはほとんどなく白黒の絵が主体である。
明治時代の出版物の口絵に使われた版画の種類は木版、石版、銅版、コロタイプ、写真があったが、美術品としての価値が評価されているのは彩色木版口絵である。
そうした意味において今後このような木版口絵はさらに貴重な資料になることはいうまでもない。

(所蔵参考資料)
「明治の版画」・光芸出版(1976年)
「美人画口絵歳時記」・文生書院(2008年)
「武内桂舟口絵集」・文生書院(2013年)



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文藝倶楽部・明治34年第7巻5号
江見水蔭「落花録」の口絵(木版画) 22.5×31.5cm

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文藝倶楽部・明治33年第6巻1編
幸田露伴「椀久物語」第二部の口絵(木版画) 22.5×31.5cm

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文藝倶楽部・大正2年第19巻1号
「ちち」 口絵(木版画) 31.5×22.5cm


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文藝倶楽部・明治45年第18巻9号
「麻だすき」 口絵(木版画) 31.5×22.5cm

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文藝倶楽部・明治45年第18巻4号
「ひな」 口絵(木版画) 31.5×22.5cm

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文藝倶楽部・大正2年第19巻15号
「しぐれ」 口絵(木版画) 31.5×22.5cm


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文藝倶楽部・明治33年第6巻7編
「相思」 口絵(木版画) 22.5×31.5cm



# by art-tomnog2014 | 2015-10-03 11:22

中村研一

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「風景」 油彩画・キャンバス F8号 鑑定書付
 中村研一(1895-1967年)

福岡県宗像町生れ
1914年 京都で鹿子木孟郎(かのこぎ・たけしろう)の内弟子、1915年 東京美術学校西洋画科入学し岡田三郎助教室で学ぶ。1919年 第8回光風会展・初入選、1920年 東京美術学校卒業、その後、帝展特選、無鑑査
1923年 渡仏、サロン・ドートンヌ会員、その後 帝展で連続特選、戦時中は軍の依嘱を受け記録画制作、中村が描いた戦争画は17点、藤田嗣治の19点に次ぐ、「戦争期に画業の一頂点をなした」と言われている。1950年 日本芸術院会員、1958年 日展常務理事


中村の作品は大別して裸婦、静物、海景、戦争画で
1923年(渡仏)、1935年から36年(瀬戸内海や松島)、1942年(シンガポール・インドシナ・コタバル) に現地の海景を多く描いた。 
本作品はその頃のものと思われる。

ホテルか別荘であろうテラスの椅子に座って海を眺める中村の姿を想像し、この中に入り込みたい衝動にかられる作品である。


(所蔵参考資料)
中村研一遺作展・福岡県文化会館(1972年)


ー2016年12月1日追記ー
中村は、エコール・ド・パリ全盛の1923年から5年ほどパリに滞在し、パリ画壇のアッスランに師事し灰色を基調とした穏健着実なアカデミズムを学んで帰国したという。その後、「灰色」は中村の基礎となり多くの作品に表現された。
眺める先の海景はブルーであるはずが灰色系でくすみ、極めて落ち着いた雰囲気を醸し出している。加えてこの大胆な構図は見方によっては眺めに情趣が欠けて単調にも思えるが、先の灰色を描きたいためにこの図にしたとも思えるほど頑なだ。
写生地は、他の類似作を参考にすると「瀬戸内海」が有力である。

数年前、所定鑑定人の馬目世母子氏に鑑定していただいたところ、「中村はこうした構図と色合いを好んでいた。良い作品と思う。」と感想を述べられた。
題名は不詳なので仮題もつけていないが、あえてつけるなら「テラスの椅子に座る画家 眺める先」とでもしたい。








# by art-tomnog2014 | 2015-08-27 15:28

初夏の隅田川

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「初夏の隅田川」 油彩画・キャンバス P10号 制作年:1959年
山上嘉吉(やまかみ・かきち)1901−1991年 
(U氏所蔵)


<U氏コメント>
この作品の橋は、手前から駒形橋、厩橋、蔵前橋、総武線鉄橋の四つでその先、約150メートルほど下流に架かる両国橋は死角となって描かれておりません。
写生場所は浅草松屋屋上でしょう、ほぼ真横の吾妻橋は当然視界に入りません。
この隅田川とその対岸風景は、現在五十歳より上の年齢の方々で幼少、青春時代を本所両国界隈で過ごされた方々にとっては懐かしくいろいろな思いがわき立つ光景かと想像いたします。
画面正面左上のアーチ型屋根をもつ建物は、周辺で唯一焼け残った旧両国国技館(終戦直後からしばらくの間、メモリアル・ホールと呼ばれ米軍が使用、昭和30年ころ返還され我々一般市民がローラー・スケート場として利用できた期間もありました。その後、日大講堂となり、その後、解体され、現在は商業ビルへと変遷しております。現両国国技館は、少し離れた両国駅に近い以前ヤッチャバと呼ばれた青物市場跡に江戸東京博物館に隣接する格好で建設されております。)で、その他、緑の丸屋根の安田公会堂と安田庭園の緑、震災記念堂(地元では戦中軍服を縫製していた故、子供たちは被服廠と呼んでおりました。)、同愛病院、両国駅、小生が通った中学校も小さく描かれているようです。
当時の隅田川は工場排水・生活排水も混じり悪臭が酷かったものですが、この頃より急速に改善対策が施され、オリンピック昭和39年にかなり改善され、その後しばらくして魚影が再び見えるようになったと聞いております。
背景の街は、メリヤス工場・縫製繊維と今云うアパレルそして金属材料とその加工工場・印刷工場等の中小企業の街でしたが、時間経過とともに豊かになる実感があった時代です。作者山上嘉吉は、焼け野原となり多くの人が犠牲になった東京下町が鮮やかに復興し逞しく息づく姿に感動したのではと考えます。




<山上嘉吉 略歴>

京都市生れ、電話局修理工として夜間働き昼間に関西美術院で絵画を学ぶ。
1923年上京し築地小劇場の舞台装置助手となる。
矢部友衛、岡本唐貴、浅野孟府らと知り合い村山知義らが興した三科造型美術協会第1回展に出品、1925年同2回展出品、1926年三科を離れた矢部らの造型に参加、1928年造型とプロ芸派が合体したプロレタリア美術家同盟第1回展出品、1929年第2回展は内橋洪三名で出品、この間、松屋のショーウィンドーのデザイン担当、1934年同盟は強制解散、1944年長野県上田に疎開、1946年矢部、岡本らと現実会結成、1955年岡本、石垣栄太郎、別府貫一郎らと点々会を結成、現実会解散後は個展を主に作品発表、千葉県柏に住み1991年没、享年90歳




# by art-tomnog2014 | 2015-07-31 21:33

稲越泉美

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「氣(八千穂高原)」日本画 10号 1992年
第5回上野の森美術館・日本の自然を描く展出品作

稲越泉美(いなこし・いずみ)1952年生

1971~77年鈴木萬平に師事
1980年日本美術学校日本画専科卒業
上野の森絵画大賞展入選、新興美術院展所属
2009年第一美術協会所属
2000年中日文国際交流20周年記念特別賞
日本トルコ国際芸術振興賞
2007年一枚の繪「絵の現在選抜展」銅賞
2008年国民文化祭 茨城県知事賞
2012年損保ジャパン美術財団選抜賞



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アート・ルネサンス2000のイベント記念に作られた
フランス・ドラピエ社のシャンパン、カルト・ドール・ブリュの
ラベルに採用された稲越泉美画「青の奏曲」




# by art-tomnog2014 | 2015-06-19 09:32

八ヶ岳遠望

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「八ヶ岳遠望」 油彩画・キャンバス F30号
悳俊彦(いさお・としひこ)


私は八ヶ岳が好きだ。

これは武蔵野風景画第一人者の悳俊彦が描いた作品である。
画の中心に八ヶ岳連峰
手前に冬枯れの木々と野草が集落へ続く小路を
優しく包んでいる。
そして圧巻はこの透明感あふれる爽やかな空が

見るものを
ぐっと画面に引き寄せる。

私が近年、八ヶ岳を訪れる機会が増えたのは
この作品のせいかも知れない。


*武蔵野風景画の作品はこちら http://arttomnog.exblog.jp/22765902



# by art-tomnog2014 | 2015-06-11 17:00





手に入れたコレクションを抱えている時は
気持ちは高揚していますがほとんど無心です。
そして目利きの同志に見つからないように帰るのです。
誰も見ていないのにね。

帰宅して静かな部屋でサインを再び確かめたり
裏側に何か痕跡がないだろうかとか
とにかく隅々まで見て蒐集に間違いがなかったと言い聞かせます。
ここで一区切りついて箱にいれてそっ~としまいます。
あとはコレクションリストに記載してニヤニヤするのです。




# by art-tomnog2014 | 2015-06-09 14:46 | コラム

井上 武

オールドノリタケ、プレミアノリタケのサイン入りの陶器製品は
優れた画家によるものであるという。
これは数年前に入手した額皿
プレミアノリタケ「薔薇」 絵は画家、井上武による。

その後
なんと井上武の油彩画を発見!

油彩画・キャンバス 「椅子に座る女」 F6号  制作年不詳 

井上武 1915年 ~ ? 
光風会に属し文展、日展に出品
1956年(昭和31年)日展で油彩「船」が岡田賞
港や船の絵を得意としていた。

この作品は梅原龍三郎の「坐裸婦」を模写したものと思われる。
モデルの顔立ちや身体つきは違うが構図は同じ。
しかし真面目に模写したものと思われ丁寧なタッチで描かれている。



(参考) 梅原龍三郎「坐裸婦」
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オールド・プレミアノリタケの優れた画家の作品はノリタケが所蔵している。
主な画家は
鬼頭鍋三郎、中村研一、辻永、中沢弘光、堀越隆次、鵜飼幸雄、
中島音次郎、牛島憲之、杉本健吉、中村一郎、前田茂人、
嶋谷自然、市ノ木慶治、高木春太郎   
そして「井上武」 
そのほか20名ほど存在していたようだ。
こうした画家達の功績によってノリタケの現在はあるのかもしれない。


# by art-tomnog2014 | 2015-05-18 12:12

滝川太郎

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「春花」 油彩画・キャンバス F3号 

制作年:1957年
日動画廊シール



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「バラ」 油彩画・キャンバス F3号 
制作年:1961~1966年頃(推定)
1960年に脳溢血で倒れ、右半身不随になる。その後、左手で描いたもの。
作品画面左下に「T.TARO左」のサイン

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「フロレンス郊外風景」 木版画・紙 25×34㎝ 13/100
制作年:1933年

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週刊読売 1956年(S31)7/8号 表紙絵「バラ」:滝川太郎



滝川太郎 1903~1970年

1917年日本画の丸山雲田、洋画家の井口良一に通う。1919年日本画の八幡郊虎、新村翠石に学ぶ。
1920年太平洋画会研究所に学ぶ、石井柏亭の書生になる。
1921年石井柏亭・西村伊作・与謝野寛が文化学院を創立、その図書担当職員となる。
1927年二科会展入選、中央美術展入選、太平洋画会展入選、白日会展入選、1928年二科会展入選、中央美術展入選、京都大礼博覧会入選、1930年渡欧、1931年パリに住む、1932年スイス・ジュネーブに移住。1933年ジュネーブで個展、1934年国際労働機関事務所依嘱による「浮世絵より現代画にいたる回顧展」をフランス・スイス・スペイン・ドイツ・ポーランドの各美術館で主催。ジュネーブ国際学校で「線描」を教える。1935年イタリア・フィレンツエで個展、1936年パリに移住、個展。
1939年スイス・ジュネーブに移住。1940年帰国。1942年
銀座資生堂ギャラリーで近作個展。1943年一水会展・岩倉具方賞、1944年俳画展。
1946年一水会会員。1947年一水会審査員。1949年「油絵技法」「現代技法」出版。
1952年長野県展審査員。以降個展等多数。
1960年脳溢血で倒れる、右半身不随。1961年左手で描き始める。
一水会展等に毎年出品。1966年長野・松本で「滝川太郎左手作」展。1972年松本で「滝川太郎遺作展」


油彩画2点(花)と版画は味のある素朴な画風の良い作品と思う。

(主な収蔵先)
松本市美術館
ジュネーブ美術と歴史美術館
別府大学


(所蔵参考資料)
1983年7月号 芸術新潮
1991年11月号 芸術新潮
「画家 滝川太郎」・滝川留未子(遊人工房 2005年)
「芸術とスキャンダルの間」・大島一洋(講談社 2006年)


# by art-tomnog2014 | 2015-05-16 15:25

内田静馬

内田静馬 (1906-2000) 木版画家

埼玉県川田谷村(現・桶川市)生れ、旧制川越中(現・川越高校)から東京高等工芸学校(現・千葉大学)卒業。
1928年第6回春陽会展入選を機に版画家として歩み始める。
1934年「海水浴場」パリ国立図書館買上。
以降ジュネーブ・マドリッド・サンフランシスコ・ロスアンゼルス・ニューヨークなどの海外展に多数出品。
1939年新日本百景に「雪の高田市」配布。
戦時中一時活動を中断する。
1951年内田静馬版画展開催(東京・銀座)、以降各地にて版画展多数。
1968年海外色彩調査団に同行し渡欧(フランス、イギリス、オランダ、ドイツ、スイス、イタリア)。
2005年川越市立美術館による顕彰から再評価される。(顕彰に携わったO学芸員の功績大)
70年間の画業を木版画一辺倒にこだわった希少な作家である。

(主な収蔵先)
川越市立美術館
和歌山県立近代美術館
町田市立国際版画美術館
国立国会図書館
パリ国立図書館
埼玉グラフ株式会社
川越ペンクラブ

(所蔵参考資料)
内田静馬「素朴美のまなざし」・川越市立美術館(2011年)
木版画の制作技法・理工学社(1972年)
日本の民画・理工学社(1978年)




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「花」 木版画・紙  29.8×22.6cm  19/30 
制作年:1993年

花瓶に挿された色とりどりのスイトピー。最後の作品と考えられる。
輪郭線を伴わない表現のせいもあって、往年の力強さは影を潜め、どこかはかなげである。
(素朴美へのまなざし・解説頁から)


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「運河添いの街」 木版画・紙  30.5×41cm  30/45 
制作年:1969年

1968年に渡欧した際に「アムステルダム風景」を制作しており、
本作品は同作と同じ風景地「プリンセン運河」である。
墨版を含め全5版から成り背景の黄系から青系へのグラデーションは1版で摺っている。
題名を「運河沿い」とせず「運河添い」とした内田のこだわりを感じる。
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「広告塔のある風景」 木版画・紙  28.4×18.4cm 
制作年:1969年


日本人観光客の多くが驚きを持って注目するのが、この日本に存在しない広告塔だろう。
文字通り、広告を貼るために屋外に設置された円筒形の柱のようなものである。
静馬の新鮮な驚きを疑似体験できる作品。(素朴美へのまなざし・解説頁から)

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「大師堂内陣」 木版画・紙 27.2×36.1㎝ 
制作年:1960年頃

川越で大師堂といえば喜多院である。提灯をクローズアップする手法は
歌川広重<名所江戸百景 浅草金竜山>を想起させる。
関連性のあるスケッチ等は見つかっていないが、
作品名は1961年(昭和36)の日記には登場することから、
最初の<川越八景>を構成していた1図と見て良い。
(素朴美へのまなざし・解説頁から)
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「秩父山塊」木版画・紙 27.2×36.1㎝ 
制作年:1971年

黒々とした山容の要所要所に添えられる淡い青系の絵の具がアクセントとなっている。
写生帖「上州の旅」に「秩父久那よりの武甲山」と記された1969年(昭和44)の
同図様のスケッチがあり、秩父連山の武甲山を描いていることが分かる。
(素朴美へのまなざし・解説頁から)


# by art-tomnog2014 | 2015-04-18 18:15

古沢岩美

古沢岩美 1912−2000年


佐賀県生れ、1928年岡田三郎助に師事、本郷研究所、1939年福沢一郎らと美術文化協会結成、1943年応召・中支へ、1946年復員、美術文化展、モダンアート展、日本国際美術展等で活躍、1964年作品が猥褻との疑いで書類送検、1975年古沢岩美美術館開館

古沢の画といえば裸婦、エロス、醜悪などと紹介され一般的に誤解されているが正しくは権力、政治、特権、虚飾、欲望などに対する批判を古沢の独特の感性表現で世に訴えたのである。あの三島由紀夫が優れた芸術家として古沢を絶賛している。
通好みには高い評価をされたが古沢が文化勲章のような国の権威的な表彰を受けることはなかった。そんな古沢の気骨ある画家人生に脱帽である。

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「母子三代」銅版画 28/30
10×7.5cm 制作年:1972年

「戦中の中国のある街の風景である。修羅と飢餓の中で血がまじり、
時代が善悪を越えて移ってゆく姿を表現してみたかった。」
(古沢岩美美術館カタログ・作品解説頁から)

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「自画像」銅版画 117/1000 
35×25.5cm 制作年:1973年

「画家にとって自画像程むずかしいものはない。
時間が立って見るとその時の自分の心理まで描かれているからである。
すべての芸術は自分自身との闘いであるからである。
自選画集の口絵のために作った。」
(古沢岩美美術館カタログ・作品解説頁から)

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「私はヴァイオリン」 リトグラフ 246/300 
50×40cm 制作年:1974年
「枯葉の中の破れヴァイオリン、もだえる女・・・・・・」
(古沢岩美美術館カタログ・作品解説頁から)


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古沢岩美美術館月報161冊(1975年8月~1991年4月)



美術館が開館したのは1975年(昭和50年)である。
熱心な支援者だった当時の東洋信販・社長の大谷昭雄が山梨県の富士を望めるリゾート地に建設したものだ。
記念して作られた美術館カタログには油彩74点、水彩5点、デッサン18点、版画34点、陶磁器16点の147点が掲載されている。美術館は画家の集大成ともいえる殿堂だった。
しかし1981年(昭和56年)に東洋信販が会社更生法を申請し破産。
その後、1989年には事実上の閉館となってしまった。
古沢ファンとしては痛恨の極みであるが大量の作品がどう散失してしまったのか気になるところである。

これら月報がいつまで発行されたか不明だが貴重な資料であることはいうまでもない。
奇跡的に古書店で161冊を発見し身震いをした。
号毎に画家の紹介や他の美術批評記事が満載され充実している。
これだけの資料に再び出合うことはない。
これらの資料から1975年に遡って画家の辿った道程をあらためて知りたいと思う。
希少な資料は時として作品以上の価値を持つことがある。



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伝:古沢岩美 「仮題:猫」 油彩・キャンバス M8号 
制作年:1972年



古沢岩美の真作として購入したものだが広く世に出ている作品群とは
サインと年期表記が違うので伝:古沢岩美とした。
しかし古沢の動物画の中に似たような作品があること、
多数の猫を飼っていてデッサン等していた事実があるので真作と信じたい。
こちらの心を見抜いているような猫の目つきに「はっ」とするが愛らしさもあって気にいった作品である。
(上目使いでありながら八方睨みのような怖さも潜んでいてなかなかの技巧的作品ではないか。)

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「花と動物」 詩/堀口大學、挿絵/古沢岩美 発行:1972年
37篇の詩と挿絵 限定28/145部 プレス・ビブリオマーヌ刊行

口絵のシートは古沢の銅版画「老いたかまきり」、
本書はいわゆる製本されたものではなく1枚毎のシート。
局紙といわれる高級和紙で仕上げており額装して楽しむこともできる。
タイトルは花と動物だが内容は人間界のもので大人の詩集と挿絵である。
37篇のシートを1W毎に額装して飾ったら約9カ月間も楽しめる。
堀口大學(1892−1981)詩人
古沢岩美(1912−2000)画家
どちらも明治生れの巨匠である



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「裸婦」 油彩画・キャンバス F10号 制作年:1962年



(所蔵参考資料)
古沢岩美画集・限定17/900部、美術出版社(1974年)
軍事郵便・三好企画(1996年)
古沢岩美美術館カタログ(1975年)
古沢岩美代表作展・日動画廊(1971年)
美の放浪・文化出版局(1979年)
古沢岩美展・板橋区立美術館(1982年)
古沢岩美作品展・カギムラ画廊(1981年)
夢倉・三好企画(1992年)
別冊一枚の繪・古沢岩美エロスと修羅飢餓 (1993年)
古沢岩美全版画 (1997年)

# by art-tomnog2014 | 2015-04-01 13:00

吉江 審

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「コスモス」 シルクプリント・紙 8/10 22×21㎝ 
制作年:1998年

吉江 審(ただす)1948-1999年

長野県生れ
1971年 東京デザイナー学院卒業
東京デザイナー学院副学校長、色彩教育研究企画室長、日本情操教育振興会常任理事など歴任
著書に1976年「やさしいシルクスクリーン」1977年「グリーティング・カード」
1983年「印刷ガイドブック」1991年「スクリーンプリントテクニック」など

作者は長く東京デザイナー学院の専任講師として多くの学生を育てた。
特に「スクリーンプリントテクニック」(シルクの布に代えてテトロンやナイロンの布を使用した多様な技法)
によるグラフィックデザインの表現技術の指導に尽力した。
後進の育成に精力的に取り組んでいた1991年に惜しくも51歳の若さで逝去してしまう。
温厚実直な人柄は多くの人に慕われ2008年5月「偲ぶ会(展覧会)」が開催された。


<他の作品>

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「見上げてA」 シルクプリント・紙  1/10  35.7×27㎝ 
制作年:1997年


この作品は97年の個展でひと目で気にいり購入したもの。
個展会場でご挨拶した時の穏やかな笑顔が印象的であった。

作品は木々を取り巻く背景の明暗を巧みに生かし人の心を画の中に吸い込んでいくような生気を感じさせる。
私は心の葛藤を感じる時この作品を見ると妙に落ち着く。
地面から木々をじっくり眺め見上げていくとうっすらと明るい日差しが優しく包み込んでくれ、
やがて心を穏やかにしてくれる。「見上げてみたら」「見上げてごらん」作者の声が聞えてくる。
そうあの時の笑顔もいっしょに。


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「見上げてB」 シルクプリント・紙  3/10  35.7×27㎝ 
制作年:1997年


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「見上げてC」 シルクプリント・紙 35.7×27㎝ 
制作年:1997年


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「紫陽花」 シルクプリント・紙 26×40㎝ 
制作年:1998年頃




# by art-tomnog2014 | 2015-02-12 18:20

江成一郎

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「横たわる裸婦」油彩画・キャンバス F4号 
制作年:1990年
(「一枚の繪」1990年8月号掲載作品 )

江成一郎 1927-1995年

東京生れ
伊藤清永に師事、1970年寛永寺美術研究所修了
1972年白日会O氏賞 会友推挙
1974年日展入選(以降毎年入選)
1978年第1回現代の裸婦展奨励賞、1979年白日会会員推挙
1980年以降 日動画廊等で個展多数 、日展会友推挙
ソビエト連邦招待出品


師である伊藤清永の裸婦画はルノワールを彷彿させるが
江成の裸婦画はさらに写実的に現代的に描かれていて見方によっては
師を越えているともいえよう。
裸婦画ひとすじに職業画家として生きた江成の作品は
画壇で評価されることはなかったとしても多くのファンに愛され、
今でも人気が続いていることは相応の評価に値することである。
巧い画家と一言ですまされないものを感じる。
江成を紹介する資料は少ないが顕彰し続けたい画家であることはいうまでもない。



# by art-tomnog2014 | 2015-02-10 15:02

山岸主計

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「セーヌ河畔にて」木版画(30×37㎝)
制作年:1928年

山岸主計(やまぎし・かずえ)1891-1984年

山岸主計は長野県伊那市出身、木版画の彫り師として修業を積む傍ら西洋画の基礎も習得しました。
1913年から1916年まで新聞挿絵の彫りを担当、
1926年から欧米各国を旅行し風景版画を多数制作しました。
掲載の作品はこの時期にあたります。
東京国立近代美術館に1927年から1929年の作品が数点収蔵されています。

明治30年前後から昭和時代に描かれた木版画を新版画といいます。
明治、大正時代の新版画の作品は関東大震災でオリジナルの版木のほとんどが
焼失してしまいましたのでとても希少です。
第2次大戦前の昭和初期の作品も戦災で同様です。

これほどの希少な作品ですが見向きもされず忘れ去られたのか
地方の骨董店で埃まみれになって眠っていました。
新しい額とマットに入れ替え息を吹き返させました。
見事によみがえり大変うれしく思います。
80年前のセーヌ河畔、浪漫的な心をかきたてる上品な風景です。


(参考)
●長野県伊那市・伊那文化会館「山岸主計展」
2007年1月26日~2月18日 
「絵を学び自分の絵を自分で彫って摺るという、
他の画家とも版画家とも違う独創的なところがある。
さまざまな側面から魅力のある作家である。」
(同企画展・学芸員 林 誠)
●東京国立近代美術館収蔵作品
 「サボテンの花」木版画 28.4×36㎝ 制作:1927年
 「雨のノートルダム寺院」木版画 28.4×36㎝ 制作:1928年
 「リオン風景」木版画 28.4×36㎝ 制作:1929年


# by art-tomnog2014 | 2014-11-22 13:25

鈴木 誠

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「婦人像」素描画 鉛筆・紙 32.8×20.6cm 
制作年:推定1960年代

鈴木 誠(すずき・まこと)1897−1969年 

出生地は岐阜県・各務原市と大阪市説がある。
1917−1922年東京美術学校西洋画科・藤島教室
1921年在学中に帝展入選、第9回光風会・今村奨励賞、
1923年渡仏、アカデミー・コラロッシに通う(1927年帰国)、
帝展多数入選、1929年帝展特選、帝国美術学校助教授、
1936年猪熊弦一郎、伊勢正義、脇田和、中西利雄、内田巌、小磯良平、佐藤敬、三田康 8人と新制作協会設立。
中村彝、佐伯祐三等と下落合アトリエで活動する。(中村彝アトリエの保存に尽力した。)
1935−1968年多摩美術大学教授

<主な作品収蔵先>東京国立近代美術館、目黒区立美術館、愛知県美術館、大阪市立近代美術館設立準備室、岐阜県美術館


鈴木の作品は収蔵先をみれば言うまでもなく高く評価されている。
それは卓越したデッサン力が基本にあるからこそである。
本作は可憐に優美に細密に描きかつ陰影の施し方がその技量を物語っている。
今やこうした良質の素描画が忘れられ捨てられている。
また日本では本画に比べ素描(デッサン)は一段低く評価されている。
しかし欧州の素描画コレクターが一目おかれていることを考えると
単なる下絵と捉えない奥深さを感じなければならないと思うが如何か。


(所蔵参考資料)
昭和モダン・藤島武二と新制作初期会員たち/川越市立美術館(2012年)
アトリエ438号「人物画の描き方」・鈴木誠(1963年)


# by art-tomnog2014 | 2014-07-12 19:14

宮坂金太郎

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「卓上秋色」油彩画・キャンバス F10号 
制作年:1940年

宮坂金太郎(みやさか・きんたろう)生没年不詳  

籐の籠に行儀よく収まっている3個の柿と遠慮がちに添えられている秋桜が真面目に静謐に描かれている。
配色も10種ほどでコテコテせず日本画的である。

附属する共書から紀元2600年奉祝展に出品した作品と思われる。
しかしこれほどの作品が実は地方の骨董市で粗末に扱われていた。
70年経過した額縁が辿った道程を示している。
埃まみれで大変汚れていたが作品からは何故か淡い光が私に射していた。
入手した「卓上秋色」は私の手元で息を吹き返した。


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宮坂金太郎に関する数少ない資料によれば
①岸田劉生全集第8巻・日記に「大正12年9月5日、12日に茅ヶ崎の宮坂金太郎見舞いに訪れる」旨の記事あり。
②日本造形美育研究所主任として幼児絵画指導の文献を残している。
劉生との接点があり絵画教育指導に携わっていたことなどから他にも作品を残していると思われる。
資料と本作品から1900年代(明治30年代)の生れと推定するが。


(所蔵参考資料)
岸田劉生全集第8巻・岩波書店
幼稚園低学年新絵書・指導解説書/監修:青木誠四郎、編者:宮坂金太郎



# by art-tomnog2014 | 2014-07-01 14:01

須田 寿

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「河畔・五ヶ瀬」油彩画・キャンバス F3号 
制作年:1959年


須田 寿(すだ・ひさし)1906−2005年

東京生れ、1924年川端画学校で学ぶ、1926ー1931年東京美術学校洋画科、
1930年第11回帝展入選、1940年阿似田治修・大久保作次郎・安宅安五郎等と創元会設立に参加、
1948年三越・個展、1949年牛島憲之・飯島一次等と立軌会結成、1950年東山魁夷等と六窓会創立、
1953年資生堂ギャラリー個展、1954年渡欧・以降多数、1965年武蔵野美術大学教授、
1970年日動サロン個展、1978年名誉教授、1980年紺綬褒章受章、1982年長谷川仁記念賞、
1985年芸術選奨文部大臣賞、1993年世田谷美術館個展、
2001年中村彝賞、2002年中村彝賞記念展(茨城県近代美術館)

須田の全盛期の作品は欧州古典への追慕と評されている。
古典的表現はややもすれば描き過ぎて ごてごてしたもの になりやすいが須田は描き過ぎず、
描き足りず、巧いタッチで詩情あふれる作品としている。

ところが本作「河畔・五ヶ瀬」は知られている須田作品とはまるで違うので入手当時は贋作と疑った。
その後、1950年から1960年の作品をいくつか散見し同様の風景画があったことから合点がいく。
1949年に立軌会を結成し官展と一線を画し、脱アカデミズムでの試行錯誤がフォーブ調の表現に良く出ているのである。
須田作風が完成された前段作品となればこれは資料的価値ある希少作といってもよいだろう。


(所蔵参考資料)
須田寿画集・日本経済新聞社(1982年)
須田寿展・東京セントラル美術館(1977年)
須田寿油絵展・日本橋三越本店(1998年)


# by art-tomnog2014 | 2014-06-02 16:53

山下 充

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「公園」 ガッシュ、パステル・紙 F6号  
制作年:1956年

山下 充(やました・たかし)1926年~

静岡県生れ、1942年小堀進に学ぶ、1949年水彩連盟研究所に学ぶ、1951年野口弥太郎に師事、
1957年フランス、インド、香港、マカオに制作旅行、1964年渡仏、以後パリに住み制作活動、
1981年第5回長谷川仁記念賞、1989年第7回宮本三郎記念賞、1990年第2回川村賞、
2002年帰国、郷里静岡・日本平で制作活動、個展多数、在外作家として高い評価を得た、
池袋モンパルナス画家100選のNO.93に掲載されている。

山下は1964年に渡仏し2002年の帰国までの38年間、パリ、カンヌに暮らし制作活動を続けた。
具象描写を自由に崩し色彩を抑えていながら明るくのびのびとした表現が高く評価された。
作品は渡仏前、野口弥太郎に師事していた時代のもの。
人が憩う公園の息吹が感じられる。
(描かれた公園のドリス式噴水塔は名古屋・鶴舞公園と思われる。)


(所蔵参考資料)
山下充展・日動画廊図録(1977年)
第5回長谷川仁記念賞受賞記念、山下充展・日動画廊図録(1984年)
第7回宮本三郎記念賞、山下充展・朝日新聞社図録(1989年)


# by art-tomnog2014 | 2014-04-01 18:07

西伊豆風景

武蔵野風景の絵画を蒐集し始めたのが20数年前。
悳俊彦(いさお・としひこ)の油彩画と岡本省吾(おかもと・しょうご)の銅版画が主な作品だ。
私の郷愁感をおもいきり誘うが今となっては消えゆく武蔵野風景、せめて絵画として残したいと願う。

かたや今も変わらず残るのが静岡・西伊豆風景だ。
鉄道がないのが幸いしてか乱開発されなかったのが救いである。
海、山が織りなす四季の彩り、くわえて富士山を眺望できる。
だからかつて多くの画家が西伊豆を描いた。
こちらは細君の故郷なので蒐集するきっかけとなった。
西伊豆の特徴がよく出ている古い作品がいくつかあるので紹介したい。
(戸田、土肥、宇久須、安良里、田子、仁科、松崎 雲見 あたり)



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「伊豆の富士」 油彩画・キャンバス SM号 
制作年:1936年

高岡徳太郎(たかおか・とくたろう)1902−1991年

大阪・堺生れ、天採学舎(松原三五郎)、本郷洋画研究所で学ぶ。
岡田三郎助に師事、1923年高島屋宣伝部入社、包装紙のバラを描く、
1924年小出楢重に師事、二科賞、1934~35年渡仏、
1936年二科会員、1955年鈴木信太郎等と一陽会を設立

高岡の戦前の作品はほとんど残っていないので小品だが希少である。
おそらく雲見あたりからの富士ではないだろうか。




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「早春の西伊豆」 油彩画・キャンバス F10号 
制作年:推定1940年代

野村光司(のむら・こうじ) 1896−1975年



福島県生れ、1922年東京大学農学部卒業、1924年ブラジル総領事館勤務、
帰国後一水会の中村啄二に師事、1947年一水会会員、1953年日展特選・朝倉賞(「店頭」)、
1960年一水会委員、1962年日展特選(「ある洋品店」)、1970年日展審査員、1971年日展会員

師である中村啄二が西伊豆・安良里風景を多く描いた。
野村のこの作品は国道沿いの丘から安良里港と網屋崎(灯台が見える)を描いたものと思う。




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「伊豆の漁村」 油彩画・キャンバス F6号 制作年:不詳

三上浩(みかみ・ひろし)1931−2006年


福岡県行橋市生れ、1951年福岡学芸大学卒業、1954年上京、大内田茂士に師事、
1965年示現会石川賞、1967年日展特選、1979年日展特選、
1991~98年日展審査員、1999年日展・文部大臣賞、示現会常務理事

この漁村は西伊豆なら戸田、安良里、田子あたりだが、画の様子から南伊豆とも思われる。



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「西伊豆富士」 油彩画・キャンバス F6号 制作年:不詳

秋保正三(あきほ・しょうぞう)1914−2002年

東京生れ、東京美術学校(岡田三郎助教室)、1967年二紀会理事、参与(二紀会創設者のひとり)
池袋モンパルナス画家

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「安良里」油彩画・キャンバス F3号 制作年:不詳

服部 保(はっとり・たもつ)1915−1997年

岐阜県可児郡御嵩町生れ、関西美術院、川端画学校本郷研究所
1958年渡欧、1960年一水会会員、同年退会、1964年中国へ、梅田画郎と高島屋で個展
1967年渡欧、以降各地にて個展、1975年渡欧、各地にて個展

賀茂村宇久須寄りの高台から安良里港を描いたもの。
建物の様子から1970~80年代の制作と思われる。





# by art-tomnog2014 | 2014-04-01 17:12

別府貫一郎

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「ナポリ風景」 油彩画・キャンバス F10号 
制作年:1968年

別府貫一郎(べっぷ・かんいちろう)1900−1992年


佐賀県生れ、川端画学校洋画部で藤島武二に師事、1926年春陽会展春陽会賞、
1929年から1933年までイタリアに滞在し制作活動、
1936年国画会展招待出品イタリア風景画10点、
1951年日本美術会委員長、1955年岡本唐貴、山上嘉吉等と点々会創立、
1957年林倭衛に関するエッセイを書く、
イタリア滞在中に作家林芙美子と交流、平塚市美術館所蔵

別府の描くイタリアは誰もがもつ郷愁感を表現している。
佐賀生れの別府がどのような幼少期を過ごしたのか知らないが作品を見れば一目瞭然、
私にはイタリア風景の奥底に日本の風景が見える。
帰国後、国画会、日本美術会、点々会、一線美術会、新世紀美術協会など多くの会を渡り歩く。
果たしてイタリア滞在は別府の画業人生ににどのような影響を残したのか。
記述された文献が見あたらず画家としての着地点が見えてこないが非常に精神性の高い画家であったと思う。


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「テヴェレ河畔(羅馬)」油彩画・板 F2号 
制作年:不詳


ローマ市内を流れるテヴェレ川の中州にかかるファブリチオ橋と
サン・ピエトロ大聖堂、サンタンジェロ城が描かれている。
2号サイズの板に描かれたものなので現地で制作し持ち帰ったものと思われる。



# by art-tomnog2014 | 2014-03-28 23:21

平凡なサラリーマンが20数年かけて蒐集した絵画を紹介しています。

by art-tomnog2014
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