中村研一

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「風景」 油彩画・キャンバス F8号 鑑定書付
 中村研一(1895-1967年)

福岡県宗像町生れ
1914年 京都で鹿子木孟郎(かのこぎ・たけしろう)の内弟子、1915年 東京美術学校西洋画科入学し岡田三郎助教室で学ぶ。1919年 第8回光風会展・初入選、1920年 東京美術学校卒業、その後、帝展特選、無鑑査
1923年 渡仏、サロン・ドートンヌ会員、その後 帝展で連続特選、戦時中は軍の依嘱を受け記録画制作、中村が描いた戦争画は17点、藤田嗣治の19点に次ぐ、「戦争期に画業の一頂点をなした」と言われている。1950年 日本芸術院会員、1958年 日展常務理事


中村の作品は大別して裸婦、静物、海景、戦争画で
1923年(渡仏)、1935年から36年(瀬戸内海や松島)、1942年(シンガポール・インドシナ・コタバル) に現地の海景を多く描いた。 
本作品はその頃のものと思われる。

ホテルか別荘であろうテラスの椅子に座って海を眺める中村の姿を想像し、この中に入り込みたい衝動にかられる作品である。


(所蔵参考資料)
中村研一遺作展・福岡県文化会館(1972年)


ー2016年12月1日追記ー
中村は、エコール・ド・パリ全盛の1923年から5年ほどパリに滞在し、パリ画壇のアッスランに師事し灰色を基調とした穏健着実なアカデミズムを学んで帰国したという。その後、「灰色」は中村の基礎となり多くの作品に表現された。
眺める先の海景はブルーであるはずが灰色系でくすみ、極めて落ち着いた雰囲気を醸し出している。加えてこの大胆な構図は見方によっては眺めに情趣が欠けて単調にも思えるが、先の灰色を描きたいためにこの図にしたとも思えるほど頑なだ。
写生地は、他の類似作を参考にすると「瀬戸内海」が有力である。

数年前、所定鑑定人の馬目世母子氏に鑑定していただいたところ、「中村はこうした構図と色合いを好んでいた。良い作品と思う。」と感想を述べられた。
題名は不詳なので仮題もつけていないが、あえてつけるなら「テラスの椅子に座る画家 眺める先」とでもしたい。








by art-tomnog2014 | 2015-08-27 15:28

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