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上野山清貢

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「魚」 水彩画・紙 31×46.5㎝ 制作年:不詳

上野山 清貢(うえのやま・きよつぐ)1889−1960年


北海道・江別生れ、1909年北海道師範学校・図画専科、1912年太平洋画会研究所、本郷絵画研究所に学ぶ、
以後展覧会多数、1924年帝展入選、1926年槐樹賞、帝展特選、1927年帝展特選、1928年帝展特選、
1930年帝展無鑑査、以後同、1937年新文展無鑑査、以後同、以後日展依嘱出品、1965−1981年遺作展多数

上野山の油彩画は希少で市場にあまり出てこない。あったとしても私などにはとても手が出せない。
作品「魚」水彩画は画帖に描かれたもので小品で資料にちかいものだ。
しかし上野山の精神性に触れることはできる。
油彩画は和製ゴーギャンといわれ爆発的エネルギーの表現に執着した激しいタッチが特徴だが
水彩画の魚などは細密で詩的な雰囲気を漂わせている。
媚びへつらいせずお世辞もいえない不器用なところが長所ともなり短所ともなり
画壇的にはあまり恵まれない立場にいたようだ。



(参考資料)
上野山清貢展図録・北海道立近代美術館(1981年)
上野山清貢画集・北海道新聞社(1982年)
美術グラフ(1969年5月号)


by art-tomnog2014 | 2014-02-15 18:50

森 清治郎

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「サンクールの眺め(セーヌ河)」油彩画・紙 26×49.5㎝ 
制作年:1958年

森 清治郎(もり・せいじろう)1921−2004年


愛知県生れ、東京美術学校・図画師範科を10年かけて卒業(左大腿部カリエスにより闘病生活を余儀なくされる)、寺内萬治郎に師事、裸婦画、風景画(建物)を鋭意制作、光風会展、日展等多数入選、南薫造賞、1958年、1959年、1986年、1989年 欧州各国へ (フランス、スイス、イタリアなど 藤田嗣治、荻須高徳、保田春彦等と親交を深める)、石仏と民家の作品が人気 三越、日動、大蔵省絵画部等の個展で高い評価を得る。
寺内萬治郎の人格にふれて裸婦に熱中したが、当時はモデル探しの困難さなどで20代後半から画風を大きく転換する。
渡欧以降は建物、特に裏通りを得意とし厚く塗りこんだ独特の描写が評価された。
その後、急激に消滅していく日本の自然を題材とするようになる。後半は古い民家を滋味あふれる作風に仕上げ人気を博した。

「サンクールの眺め」は、1958年フランス現地にて制作した希少な作品である。細密でしっかりとした構成に仕上がっている。
帰国後の1959年「森清治郎滞欧スケッチ展(豊橋文化協会主催・油彩43点)」に出品した作品と思われる。


(所蔵参考資料)
森清治郎展・日動画廊(1978年)
森清治郎展・豊橋市美術館(1992年)
森清治郎画集・講談社(1992年)
寺内萬治郎と森清治郎・呉市、蘭島美術館(2009年)


ー2016年12月1日追記ー
1957年に渡仏、59年まで欧州各地を巡る。現地では仏在住の彫刻家・嘉野稔に世話になる。嘉野は愛車ルノーで仏各地を案内、そのおかげで森はモンパルナスを拠点に仏全土のスケッチができた。
その中の1枚、セーヌ河からみたサンクールを紙に油彩で見事に仕上げた。
モチーフとなる建造物の質感を強調することで異国の空気感を表し、塗り重ねられた重厚な画質と深い色彩は丹念に描きこまれ、単なる写生図にとどまらない。この作品は、帰国後各地の展覧会で展示され、およそ50年を経て私の手元に届くことになった。セーヌ河の辺で写生をしている森の姿が浮かんでくる。





by art-tomnog2014 | 2014-02-09 16:19

西野久子

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「富士」 油彩画・キャンバス F10号 
制作年:1971年

西野久子(にしの・ひさこ)1914−2008年


静岡県清水市生れ、1937年山崎隆夫に師事、1949年独立美術協会展入選、
1955年女流画家協会会員、 1958年女流展柳美賞、1961年独立展独立賞、
1956年神奈川県立近代美術館買上、1974年文化庁買上、
以後個展多数、雑誌掲載多数、アフリカ各地・南太平洋各国歴訪

西野久子の作品は1960年代に「画面に原色が躍動する抽象画」で“心の激動”と評され注目された。
アフリカと南太平洋の各地へ夫の仕事で同行する。
ケニア、エチオピア、ウガンダ、バヌアツ、フィジーなどの輝く太陽のもとで生きる女性や子供、
そして花に人間の生きる喜びと尊さを感じる。
それはやがて西野の作品として力強く奔放に開花し人気を博す。


(所蔵参考資料)
西野久子展図録・東京セントラル絵画館(1982年)
西野久子展図録・茅ヶ崎市美術館(2001年)



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「花」 油彩画・キャンバス F4号 
制作年:1980年代(推定)




by art-tomnog2014 | 2014-02-09 14:50

西尾善積

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「アネモネ」 油彩画・キャンバス F3号 
制作年:不詳

西尾善積(にしお・よしずみ)1912−1995年


京都市生れ、1939年東京美術学校卒業、在学中の1938年第2回新文展入選、藤島武二、川島理一郎に師事、
1943年第30回光風会展光風会賞、戦後も同会会員、審査員、評議員、
1947年第2回日展特選、菊華賞、1958−1960年フランス留学、1993年日展参与

「私は眼に映ずる自然の美しさによって感受された感動をいったん自己の夢の世界に還元してから
純粋な造形的表現によって厳しく形成し
自然の永遠の美しい生命をカンバスの上に想像したいと念願してます。」(談:西尾善積)

西尾の作品は透明感があり心象的である。
それは上述のように被写体を永遠の美しい生命とし
絵画という手法によって残したいという純粋な思考に基づくものである。
絵や字体はその人柄を物語るが優しき美は西尾そのものであろうと思う。
作品「アネモネ」はボロボロの額を身にまとってリサイクル業者の手元で静かに眠っていた。
なんと勿体ないことか。眼がしらが熱くなった私はなんとしてももう一度世に出したいと思った。
「優しき美」は尊いのである。



(所蔵参考資料)
練馬区立美術館・「芸術は寿し」展パンフ(2008年)
ガラス絵の技法・西尾善積著(1981年)



by art-tomnog2014 | 2014-02-08 22:55

國領經郎

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「О夫人像」 油彩画・キャンバス F8号 
制作年:1948年

國領經郎(こくりょう・つねろう)1919−1999年


横浜市生れ、1941年東京美術学校図画師範科卒業、1942年新潟県立柏崎中教諭、
招集をうけ近衛師団入隊、のち中国中央部に渡る、1946年復員、1947年柏崎中に戻る、
第3回日展入選、1948年初個展・柏崎市役所 「女醫さん」「O夫人像」など30点、
以後光風会展・日展多数入選、1972年横浜国立大学教授、1976年日展会員、
1991年日本芸術院賞、日本芸術院会員、1992年日展常務理事、1994年勲三等瑞宝章



國領經郎の軌跡は大きく3段階に分けられる。
●初期(1937−1953):西洋的感性との闘い、初期印象派的・後期印象派的な模索、立体派的手法の試み。
●点描(1954−1971):点描画への動機は画業の行き詰まり、原因は器用さ、器用さの矯正として時間のかかる点描を試みた。
●砂丘(1972−1998):砂丘の風景を30数年にわたって描き続けた中で痩せゆく砂丘に悲観を禁じえなくなった、
これを当時の学園紛争で見た若者らの孤独・孤立感と重ね合わせたことから砂上の漠然とした空間に無言で佇立する若者の群像で表現した、その後テーマは「砂丘と添景人物」「砂丘と鳥」「砂丘と量感のある群像」「砂丘と水溜り」といった具合に展開した。


「O夫人像」は数ある図録に作品名の掲載はあるものの、作品写真はどれも掲載されていない。
おそらく当初よりモデル自身が所蔵し、非公開だったためではないだろうか。
時は流れ、モデルの遺族が所蔵していたものを手放し、偶然にも私が市場で発見した。
ブルー色を強調し西洋的感性へ果敢に挑んだ所期の希少作品、資料的価値の高いものと思う。

作品を顕彰するうちに後掲のモデルを同じくするデッサン画を発見、
その作品に添付されていた書簡からモデルO婦人の実在がわかった。
(國領が新潟県柏崎市在住の1940年代後半、O夫人は、國領から絵画の指導を受けていたようだ。
作品のO夫人の右手には絵筆がある。)


(所蔵参考資料)
第2回宮本三郎展記念賞・國領經郎展図録(1983年)

國領經郎展図録(1999年)

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「婦人像」 デッサン画 F5号 書簡付 制作年:不詳
1997年朝日新聞社主催デッサン展 出品作

添付の手紙には
「婦人像」デッサン、奥様がモデルです。
記念にお送り致しますので、お納めいただければ幸いです。
と國領の自筆で書かれている。
デッサン展は平成9年秋に銀座松屋で開催された。盛会裡に終了したとの礼状も添えられている。

モデルはA大学のO名誉教授の夫人、1940年代から家族ぐるみの親交があった。
先の油彩画「O夫人像」のモデルを裏付ける希少なデッサン画である。


by art-tomnog2014 | 2014-02-08 15:53

大森朔衞

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「市邑」(しゆう)油彩画・キャンバス F4号 
制作年:1980年代(推定)

大森朔衞(おおもり・さくえ)1919−2001年


香川県小豆島生れ、1940年独立美術協会展入選、1941年日本美術学校洋画科卒業、
以後 自由美術協会、新制作派協会など入選、1944年第二次世界大戦応召によりスマトラへ、
1946年復員、戦災で全作品が焼失、1950年モダンアート協会設立会員、1959年行動美術協会会員、
1960年現代日本美術展K氏賞、以後 行動展、毎日現代美術展、みずゑ賞選抜展など多数入選、
1980年武蔵野美術大学教授に就任、
1982年フジテレビ「テレビ美術館・大森朔衛特集」出演、1999年行動美術協会退会、以後無所属

<所蔵>神奈川県立近代美術館、香川文化会館、大川美術館、富山県立近代美術館、
高松市美術館、府中市、府中の森芸術劇場、玉川近代美術館、武蔵野美術大学美術資料図書館


大森の作品は「内的世界の表現」だという。

写実は相当な修練を経て成立するものだがそれに満足しない作家もいる。
大森はそのひとりだ。
対象と自分が思念との間の融和、摩擦、違和、葛藤のドラマに心魂をふりしぼるのだ。
「僕の絵は、抽象と具象という2つのスタイルがあるとすれば
その間をちょうど時計の振子のように行ったり来たりしながら制作していると言えるでしょう」と語っている。

作品のタイトル「市邑」(しゆう)とは、都市景観を指す。
タッチは、“ものとものとの接線”を重視して描く大森特有の技法でまさに街のもつ葛藤を表現している。
「市邑」の大作F100号とF30号は香川県立ミュージアムに収蔵されている。



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「臥裸婦」油彩画・キャンバス F6号 
制作年:1970年前後(推定)






(参考資料)
アトリエ600号(1977年)、622号(1978年)、画集・大森朔衞美術館(2015年)
 


by art-tomnog2014 | 2014-02-08 12:18

平凡なサラリーマンが20数年かけて蒐集した絵画を紹介しています。

by art-tomnog2014
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